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ガンバ大阪 レプリカユニフォーム ホーム 2017

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2017年ガンバ大阪のユニフォームのデザインコンセプトは「KAGAYAKI(カガヤキ) ~大阪から世界へ輝くクラブへ~」。
ホームの試合で着用するファーストユニフォームはクラブカラーである青と黒を用いた伝統のストライプをベースに、
大阪から世界へ「輝き」を放つチームと選手をイメージし、ストライプにクリスタル柄を組み込んだ"クリスタルグラフィック"デザインを採用。

「大量に汗をかいてもユニホームが体にまとわりつきにくいものを」という選手のニーズに応えるべく、アンブロが開発した素材「サラピーク」を搭載。独自開発の立体組織により、大量発汗時も肌にまとわりつきにい構造で通気性に優れているのが特徴です。

吸汗速乾性とゲーム中の発汗を利用したクーリング効果を併せ持つ素材「クールトランスファープラス」を搭載。太陽エネルギーが汗を吸い上げ気化を促進し、気化した汗が熱を奪い冷却効果を高めます。

「BODY(ボディ)-FLEXUM(フレクサム)」トップスの脇下部分には"X(エックス)"をモチーフにした1枚の生地を大胆に配し、ボトムスの前後身頃には曲線的なカッティングを施すことで、動きやすさを実現しています。

ガンバ大阪はJリーグに加盟するクラブのうち、リーグ発足時より参加している“オリジナル10” の1チームであり、今ではJリーグを語るうえで欠かせないクラブとなりました。大阪府吹田市、茨木市、高槻市、豊中市、池田市、摂津市、箕面市をホームタウンとしています。クラブ名の「ガンバ」はイタリア語で「」という意味で、日本語の「頑張る」にも通じるとこから名付けられました。 1980年に創部された松下電器産業サッカー部が前身で、91年にJリーグ正会員となりました。開幕当初は下位に低迷していましたが、ユースで育った選手の加入などにより徐々に順位をあげていきました。97年には稲本潤一が当時のJリーグ最年少記録となる17歳6か月で初出場、17歳7か月で初得点を遂げ、またエムボマが25得点を挙げてJリーグ得点王を獲得し、初めて勝ち越しました。 2002年に西野朗が監督に就任するとクラブは上位へ浮上します。04年には大黒将志がリーグ戦日本人最多の20得点を挙げました。05年、大黒とアラウージョ、フェルナンジーニョが攻撃の核となって奮闘し、チームは悲願のJリーグ初優勝を果たすことができました。 08年、AFCチャンピオンズリーグに出場し、無敗での優勝を飾りました。このとき全得点に絡む活躍をした遠藤保仁大会MVPに選ばれています。またFIFAクラブワールドカップにも出場、こちらは3位まで進みました。ガンバ大阪はJリーグ屈指の強豪となったのです。 しかし西野が監督を辞した2012年、守備面の不安と失点の多さから低迷し、降格争いに巻き込まれ最終的にはJ2降格が決定してしまいます。初めてのJ2となった13年、長谷川健太を監督に迎えたチームは首位を争い健闘しました。移籍先より復帰した宇佐美貴史が出場試合数18試合を上回る19得点を記録し、クラブはJ2優勝と1年でのJ1復帰を決めました。 J1復帰直後の2014年、前半戦は攻撃力不足から降格圏に低迷しますが、後半戦は宇佐美とパトリックの2トップ、キャプテン・遠藤と今野泰幸のダブルボランチが機能し、連勝を重ねて首位争いに加わり、2回目のJ1優勝を成し遂げました。さらにナビスコカップと天皇杯も制覇し、日本人監督のもとでは史上初の国内三冠を達成しました。 翌年15年は天皇杯を連覇しましたが、16年は無冠に終わりました。今年17年は長谷川体制の5年目ですが、どんなドラマを見せるのでしょうか。

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